ワット・スワン・ダーララーム
(ワット・スワンナダーラーラーム)
< Wat Suwandararam >
วัดสุวรรณดาราราม



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【 ナレースアン王の一生を描いた壁画がある 】
 ラマ1世の父君がアユタヤー時代末期に建立した。現王朝の王室寺院となっている。ウィハーン(本堂)の中には、ナレースアン王の一生を描いた見事な油絵がある。
[ 創 建 ] アユタヤー時代末期

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【 データー 】
[ 所在地 ] (ムアン・)プラナコーン・シー・アユタヤー郡、島内 In the Ayutthaya Island, A. Muang อ.เมือง
[ オープン ] ●09:00-17:00
[ 交 通 ] チャオプロム市場からトゥクトゥクで約7分。

↑ 「ビルマ王との闘鶏」1578年。 ↑ 「病死したナレースアン王の帰還」1604年。 ↑ 「クメール(カンボジア)王プラヤー・ラウェークの処刑」1593年。
↑ 「アーントーンのバーン・サケートにあるチェンマイ王の砦への攻撃」1585年。 ↑ 「ホンサワディー王と戦うためにスコータイに入る。ワット・シーチュムにて」1584年。 ↑ 「ホンサワディー王の砦へ攻撃するナレースアン王」1585年。
↑ 「ビルマからの独立を宣言」1585年。 ↑ 「ホンサワディー王との戦いに勝つという意味のワニと戦う夢を見る」1596年。 ↑ 「戦うナレースアン王子」1586年。
↑ 「ピサヌロークからの帰還」1573年。 ↑ 「タウングーを包囲」1599年。 ↑ 「Phra Mutaoを訪問」1599年。
↑ 「ホンサワディー王の御前での武芸の披露」1565年。 ↑ 「ムアン・カンへの攻撃」1578年。
ウィハーン ( 本堂 ) < Vihara >
 堂内こは、ラマ7世の時代にプラヤー・アヌサートチッタコーン(チャン・チッタコーン)による「ナレースアン王の一生」を描いた油絵がある。ただし、「クメール(カンボジア)王プラヤー・ラウェークの処刑」は史実とは違う。これは王を斬首しその血でナレースアン王の足を洗ったという逸話を表すものだが、実際には王はラオスへ逃げている。

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プラ・ウボーソット ( 布薩堂 ) < Phra Ubosot ( The Ordination Hall ) >
 ラマ3世の時代から製作され続けている壁画がある。内容は、「お釈迦様が悪魔に会う」「三界経」「十代ジャータカ物語」などだ。

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↑ 鐘 楼 ・・・
寺院内 < In the Temple >

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